youの手記

隙自語(隙の無い自分語り)

ポン丸のボンクから③

前回の記事はタイミングよく電波を掴み、錨泊中に投稿できた。

尾鷲を抜錨し、伊東までやってきた。

伊豆半島も山が海岸に迫る地形で、麓に細長く街が形成されている。標高はそこまで高くないので山腹にも建物が見える。

そもそも2日前に抜錨して伊東に来るはずだったのだが、海が荒れているとのことで2日遅れての抜錨となった。しかしそれでも海は穏やかだったとは言い難く、湾を出ていきなり大きく縦揺れし、無重力を体験した。

航海中も大きく揺れ続け、アネロンをキメなければ自分もゲロっていたはずだ。2日前に出ていればもっと酷かったようなので本棚がひっくり返っていたことだろう。

日本丸で大きな揺れ。僕は一年生の頃の実習を思い出す。あの時も日本丸だった。僕に限らず、多くの実習生が「洗礼」を受けた。「同時多発ゲロ」とはよく言ったものだ。

 

今回の当直は16~20時と(AM)4~8時、ヨンパーと呼ばれる当直だ。朝4時に仕事を始めるのがキツそうに見えるが、意外としんどくない。

車と同じように、船も夜間は電気を消して航海する。船橋にあるのは計器の明かりと海図台を照らす白熱電球の薄暗い明かりだけだ。船内は明るいのでいきなり外に出ると真っ暗で何も見えない。そのため暗順応が必要になる。夜に誤って海に転落してしまうと誰も気づかず、そのまま救助が来ない可能性があるので夜目が効く効かないは死活問題なのだ。暗順応が終わるとしっかり物の輪郭が見えるようになる。

 

朝3時過ぎに船橋に上がる。天候は晴れ。そこにあったのは満点の星空だった。夜航海の楽しみの一つである。写真でお見せできないのがとても残念だ。ついつい見蕩れてしまうが、当直中なので夢中になってはいけない。

天文知識は皆無なので、あれがデネブ アルタイル ベガ と簡単にいかないのが残念だ。そもそもこの時期夏の大三角形は見えるのだろうか。

それでも一つだけ自分でもわかる星がある。東の空にひときわ白く輝く星がある。全天で一番明るい恒星、シリウスだ。滅茶苦茶明るい。

夜、海上で月を見ると月光が海面に反射して「月の道」を形成しているのが見える。これも海上ならではの景色で綺麗なのだが、

同じものがシリウスでも見られる。

船から見るとただの点にしか見えないシリウスだが、たしかに道を作っているのだ。明るすぎる。

 

明け方になり、月も昇ってくる。傍には火星と思わしき赤く輝く星がある。

夕暮れ時の事を「黄昏時」と言う一方、明け方は「彼は誰時(かはたれどき)」というそうだ。人の顔の区別が着きにくいことから名前が付けられたそうだが、船も似たようなものだ。

夜航海中は灯台の灯火が道しるべとなるため、意外と自分の位置がわかりやすい。しかし日出後は灯台も灯火を消し始めるため、灯台を目視できないと位置が把握できない。微妙に暗い中で航海しなければならず技術が必要とのことで、ヨンパー直は操船に熟練した一等航海士が担当する。

今日も練習船船橋では一等航海士の「あの船は何だ(彼は誰だ)」の声が飛び交う。

 

投錨したのは伊東の目と鼻の先。陸まで1マイルもない。相変わらず着岸していないが、尾鷲と違い普通に電波が入るので満足だ。ここではスカッツルに群がる実習生の姿は見られない。

部屋のゴミ捨てに外に出ると、伊豆急行線を走る電車の電笛が聞こえてきた。JR東標準のアレだ。東日本に帰ってきたことを実感した。

上陸まであと少しだ。